ネットに書き込みをした人を特定する際には、IPアドレスの入手が必要です。IPアドレスをコンテンツ(ホスティング)・プロバイダから手に入れる開示請求は、裁判所を通さずに自分で行うことも可能です。
この時、テレコムサービス協会の「発信者情報開示請求書」という書式を利用すると便利です。
前回の記事では、インターネットの仕組みについて簡単に説明をしました。また、誰が書き込みした人物の情報を持っているのかや、その情報を請求する際に添付する証拠の保存方法などについて、お知らせをしました。
投稿した人物の情報を持っているのはインターネット・サービス・プロバイダですが、投稿記事を書いた人の情報を持っているのは、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダでしたね。
ですから順番としては、最初にコンテンツ(ホスティング)・プロバイダから投稿記事を書いた人の情報(IPアドレスなど)を入手し、そのIPアドレスをインターネット・サービス・プロバイダに照会して、投稿記事を書いた人物の情報を手に入れることになります。
こうしたふたつの段階があるので面倒だと感じるかもしれませんが、ひとつひとつ順番にクリアしていきましょう。では、これからIPアドレスを開示してもらう方法について説明をしていきます。
目次
1.IPアドレスについて
前回の記事のおさらいになりますが、書き込みをした人物を特定するためには、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダに情報を開示してもらう必要があります。そしてその情報を元に、インターネット・サービス・プロバイダから契約者の情報を開示してもらうことになります。
ショッピングサイトなどは別ですが、ほとんどのサイトの掲示板やブログ、SNSでは、住所などの詳しい個人情報の登録の必要はなく、メールアドレスとパスワードの登録・設定をするだけで書き込みをすることができます。
つまり、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダであっても、どこの誰が書き込みをしたのかわからないことが多いのです。
Facebookなどは実名登録を原則としていますが、実際は偽名で登録することもできます。認証のためにスマートフォンの番号を登録することはあっても、その端末の名義が誰かまではたどれません。
まして、意図して他人に対する誹謗中傷を書き込むような輩であれば尚のこと、自分の情報がそのままわかるようにはしていない可能性が高いでしょう。そうなるとできることはかなり限られてしまいます。
このように、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダが持っている情報は、基本的にサーバーにアクセスされた履歴や、提供しているサービスを利用する際に登録されたメールアドレスやパスワードだけです。
しかし、もともと誰が書き込んだのか情報がまったくないという場合は、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダに対して、サーバーにアクセスされた履歴を要求することから始めるしかありません。
重要になるIPアドレスとタイムスタンプ
具体的に言うと、要求するものは、IPアドレスとタイムスタンプのふたつです。タイムスタンプとは、サーバーにアクセスした時間のことです。
①IPアドレス
まず、IPアドレスの説明からします。IPアドレスは、通常ドット「.」で区切られた9つの数字で構成されています。
具体的には「123.45.67.89」という感じで表されます。IPアドレスはインターネット上の住所とも言われますが、厳密にはこれは必ずしも正しくありません。
住所と聞くと、ひとりひとりに割り振られた固定のものというイメージになりますが、IPアドレスはちょっと違います。
IPアドレスは、インターネットにアクセスする都度、インターネット・サービス・プロバイダから割り振られるものです。
つまり、同じ人が常に同じIPアドレスを使うということはないのです。ひとりひとりに割り振るとなると、数が足りなくなってしまいます。ですので、IPアドレスは複数の人が共用で使うものということになります。
②タイムスタンプ
そこでタイムスタンプが重要になってきます。タイムスタンプは、とはある出来事が発生した日時・日付・時刻などを示す文字列で証明する事ができます。
同じIPアドレスの人が同時間にアクセスすることはありませんので、アクセスした時間がわかれば、誰が書いたのかを特定することが可能となります。
逆に言えば、IPアドレスとアクセスした時間のふたつの情報がないと、誰が書いたかわからないということです。
これでIPアドレスがどんなものなのかおわかりいただけたと思います。次章では、IPアドレスを入手するための手続きの方法を具体的に説明いたします。
2.開示請求に裁判所を使う?使わない?どちらか良いか
情報開示の請求をする際は、裁判所を使って要求する方法と、裁判所を使わないで直接コンテンツ(ホスティング)・プロバイダに要求する方法があります。それぞれ、一長一短あります。
まず、裁判所を使わないやり方の場合のメリットとしては、相手が対応してくれれば情報が早く入手できることと、裁判費用が掛からないということがあります。逆にデメリットとしては、相手に無視される可能性があるということです。
一方、裁判所を使うメリットは、裁判所からの命令であれば、コンテンツ(ホスティング)・プロバイダ側もおいそれと無視することはできないということがあります。
デメリットとしては、裁判費用が掛かる、裁判官や相手が出廷できる日程の調整が必要になるなど、時間が掛かることがあります。また、法律の専門家を集めての審議となりますので、申請の根拠や証拠書類なども厳しくチェックされることになります。
開示請求では、どちらか一方しか選べないというものではありませんので、両方の検討を行っても良いと思います。メリットについては、裁判の手続きのところで、説明したいと思います。
3.裁判所を使わない請求の仕方
では、最初に裁判を使わないやり方について説明をします。裁判を使わない方法では、テレコムサービス協会の「発信者情報開示請求書」という書式を利用すると便利です。
特にこの書式を使わなければならないという決まりはありませんが、テレコムサービス協会の書式を使うと、必要な項目をすべて押さえることができるので、スムーズに請求を進めやすくなります。
発信者情報開示請求書を受け取ったコンテンツ(ホスティング)・プロバイダは、発信者(書き込みをした相手)に対して、発信者情報開示請求書が届いていることを連絡し、情報開示に同意するか否かの判断を2週間以内に聞き取りをしなければならないことになっています。
※注:コンテンツ(ホスティング)・プロバイダをこれ以降、当該事業者と称します。
ただし、当該事業者が情報を持っているとしても、先程説明したようにメールアドレスがあれば良い方で、実際には情報がないことがほとんどです。
当該事業者が情報を持っていれば、書き込み者に対して連絡をしますが、持っていなければこの手続きは省略されます。
当該事業者が発信者に対して連絡をした結果、書き込み者が情報の開示に同意をすればあなたに連絡がきます。
では、同意がされなかった場合はどうなるのでしょうか。当該事業者は発信者に意見聴取をしなければならないと決められてはいますが、発信者の意向に従わなければならないという決まりはありません。
当該事業者が悪質だと判断した場合は、発信者の意向にかかわらず、情報を開示してくれる場合もあります。
ところで、後述する情報開示請求書を当該事業者に対して郵送する際には、注意しなければならないことがあります。
請求書では本人確認が必要とされていますので、書類には実印を使ってください。その上で、印鑑証明書や身分証明書の写し(免許証のコピー)、証拠となる書類(キャプチャしたものなど)と一緒に郵送します。
尚、証拠書類については、発信者に転送する場合がありますので、基本的には2部用意をする必要があります。発信者に見せたくない証拠がある場合は、それを除いた証拠書類だけ、もう1部用意すれば問題ありません。
その場合は間違って発信者に送られないように、証拠書類にその旨を明示しておくようにしてください。
当該事業者は、書類を受け取ったあと書類に不備がないか確認し、不備があった場合は書類の送り主に修正を依頼します。
問題がなければ、2週間の期間で発信者の意向を確認することになります。2週間を過ぎても発信者から返事がない場合は、情報を開示してくれることが多いようです。
4.開示請求書の書き方
開示請求書は前述の通り、テレコムサービス協会の書式を使うと書き漏らしがなくなるので安心です。では、書き方について説明をします。
①[権利を侵害されたと主張する者]
[権利を侵害されたと主張する者]の欄には、自分の住所、氏名、連絡先を記入します。法人の場合は、会社名、担当している人の名前、部署名を記入し電話番号やメールアドレスを記入します。『印』は個人の場合は実印を、法人の場合は社印を押します。②表の1番目の「[貴社・貴殿]が管理する特定電気通信設備等」
表の1番目の「[貴社・貴殿]が管理する特定電気通信設備等」には、問題となっている書き込みのあるURLを記入します。
ここは、具体的に示す必要があります。ブログのトップページなどを書くと、対応をしてもらえません。問題のページそのもののURLを記載すると共に、どの記事が該当するのかを明確にする必要があります。
掲示板の場合は、個別のスレッドの中のどのレスのことなのかがわかるように、レス番号まで記入してください。
対象となる書き込みが複数ある場合には、すべて記入します。相手がすぐにどの部分が問題かわかることが重要ですので、ひとつのページの中に複数の書き込みがある場合は、この部分ですと場所を特定するようにしてください。
SNSの場合は個々の投稿にURLがありますので特定は容易ですが、複数の投稿にわたって誹謗中傷が行われている場合は、それらをすべて網羅するようにします。
また第三者のコメントなどを挟みながらレスが続いている場合は、どの発言が問題なのかわかりやすく指定すると良いでしょう。
ちなみに、「特定電気通信」とは、インターネットのように1対多数の電気通信のことを言います。電話のように1対1の通信は、通常の電気通信となります。
③「掲載された情報」
「掲載された情報」には、問題の書き込みがどのような内容なのかを要約すれば問題ありません。内容が短ければコピペでも良いですが、通常は長くなってしまうと思いますので、箇条書きにした方が良いと思います。わかりやすさを意識して書いてください。
④「侵害された権利」
「侵害された権利」については、どういう権利が侵害されたのかということを具体的に書くようにしてください。基本的に不法行為になり得るものであれば、何を書いても大丈夫です。
例えば、名誉権、プライバシー権、営業権などです。ただ、企業の場合には、法人にはプライバシー権がないというのが通例になっているので、プライバシー権は使わない方が良いと思います。
もちろん、個人の場合はプライバシー権でも問題ありませんし、個人であれば、名誉感情侵害も不法行為になり得ます。
ここでの内容は、次の「権利が明らかに侵害されたとする理由」と密接にかかわりますので、
両者の整合性をとるようにしてください。
⑤「権利が明らかに侵害されたとする理由」
「権利が明らかに侵害されたとする理由」については、前述のように「侵害された権利」とリンクするように、きちんと書いてください。
最初に、なぜその投稿が自分(自社)のことを指していると言えるのかを書きます。
法律用語で同定可能性と言うのですが、第三者から見て、これはあなたのことを言っているのではないんじゃないか?と言われてしまうと、自分の権利が侵害されたと言えなくなってしまうため、とても重要な部分です。
次に、なぜそれが権利侵害になるのかを書きます。
読めばわかるくらい露骨に書かれている場合は、そこまで詳細に書かなくても良いかもしれませんが、内容によっては関係者だけがわかる言葉であるなど、背景事情の説明からしないとわからない場合もあると思います。
そこだけ読んでもよくわからないという場合には、丁寧に説明をするようにしてください。
例えば、関係者だけで通じるような言葉が使われている場合には、この言葉はこういうことを指し示しており、だから自分に対する権利侵害をしているのだ、という風に書くと伝わりやすいと思います。
また、違法性を阻却する事由がないことを説明しておくと良いと思います。
違法性阻却事由(いほうせいそきゃくじゆう)とは、通常は法律上違法とされる行為について、その違法性を否定する事由を言います。
簡単に言うと、そもそもあなたの主張が法律に反するようなものであるなら、権利侵害をされているという主張は認められないということです。
とは言えあまり難しく考える必要はなく、あなたの主張の正当性を書けばそれで問題ありません。
例えば名誉毀損の問題であれば、ここに書かれていることは真実じゃないとか、これは公益目的ではなく、嫌がらせ目的で書かれているのだということを書けば問題ありません。
他にも、真実性を裏付けるような資料があるなら添付をするようにしてください。
例えば、自社に対して「残業代を払わないブラック企業だ」と言われているなら、残業代をきちんと支払っている証拠などを添付すると、その書き込みが中傷に過ぎないことをはっきりと示すことができます。
ここをきちんと書いておくことで、あなたの主張が認められやすくなります。
⑥「発信者情報の開示を受けるべき正当理由」
「発信者情報の開示を受けるべき正当理由」のところは、当てはまるものに丸をつければ良いだけです。
5番目に、その他(具体的にご記入ください)とありますが、余計なことを書かないように注意してください。
わざわざ「仕返しをするためだ」なんて書く人はいないと思いますが、例えば自分のブログに露骨な言葉で、「嫌がらせをしてやる」という内容を書いていた場合。
それを相手に証拠として提出されてしまうと、開示請求自体が嫌がらせだと考えられてしまい、開示に正当な理由がないと判断されてしまったケースもあるのです。
たとえどんなに腹が立つことがあったとしても、常にネット上での発言には気をつけた方が良さそうです。
⑦「開示を請求する発信者情報」
「開示を請求する発信者情報」も開示を求めたい情報に丸をつけるだけで大丈夫です。選択肢がいくつかありますが、当該事業者が持っている情報は、IPアドレスとメールアドレスくらいしかありません。
ですから1~3は基本的に対象外と考えておいた方が良さそうです。ただしコンテンツ・プロバイダの場合はメールアドレスくらいなら持っている可能性が高いので、3に丸をつけることをお薦めします。相手に合わせて調整してください。
⑧「証拠
「証拠」については、スクリーンショット等で保存したデータを印刷して添付すれば良いです。上でも説明していますが、証拠書類については、発信者に送る場合がありますので、2部用意をする必要があります。
発信者に見せたくない証拠がある場合は、それを除いた証拠書類だけ別に1部用意すれば問題ありません。間違って発信者に送られないように、証拠書類にその旨を明示しておくようにしてください。
⑨「発信者に示したくない私の情報
「発信者に示したくない私の情報」についても丸印をつけるだけです。
請求者の氏名(法人の場合はその名称)、「管理する特定電気通信設備」、「掲載された情報」、「侵害された権利」、「権利が明らかに侵害されたとする理由」、「開示を受けるべき正当理由」、「開示を請求する発信者情報」の各欄記載事項、及び添付した証拠については、原則として、発信者に示した上で意見照会を行うことになっています。
請求者が個人の場合の氏名、権利侵害の理由及び証拠について、発信者に示してほしくないものがある場合には、事前に申し出ておくと、開示しないで照会をしてくれます。
ひとつ付け加えますと、原則として発信者に示さなければならないものはありません。極端な話、すべて非開示とすることも可能です。
ただし、発信者に言い訳をさせないためには、ある程度の開示は必要だと考えられます。
また、請求者の氏名に関しては、発信者に示さなくとも、発信者により推測されることがありますので注意してください。
5.まとめ
このような裁判を使わない方法であれば、個人で対応しなければならないとしてもハードルはそれほど高くはないのではないでしょうか。恐れずに、まずは自分でやってみてほしいと思います。
弁護士に依頼するのも良いですが、こういった問題に慣れていない弁護士にあたってしまうと、時間と費用が掛かった割に成果が少ないという心配もあります。
弁護士に依頼をする際は、相手の力量をよく見て判断してください。初めてでよくわからないという場合には、成功報酬で仕事を受けているかどうかを確認してみると指標のひとつになるかもしれません。
腕の良い弁護士ならば、成功報酬でなんの問題もないので成功報酬制で仕事をしていることがあります。
もし、どうしても良い弁護士がわからなくて不安な場合は、今はネットで無料相談をしているサイトもあるので活用してみるものいいですね。
次回は、裁判所を使って開示請求を行う方法をお知らせします。